久しぶりのジョギング

ジョギングはいい。衰える一方の筋組織や末梢神経に血液を流し込むだけではない。情報にがんじがらめになっている日常から自分を強制的に引張り離すことができる。チャット、SNS、ニュース、音楽、動画、教科書はアパートに全部置いてきて、頭を空っぽにできる。

忙しさを言い訳に1か月ぶりの運動だ。少し走ると息が切れた。川沿いの整備されたジョギングコースも春にはずいぶん花見で賑わったけれど、梅雨前の夜ともなると人もまばらだ。目標にしていた折り返し地点のはるか手前でひき返すことにした。小雨が頬に降っていて、温かく濡れたアスファルトが鼻につく。僕はジャージについているフードを被り帰り道をゆっくり歩いた。こうして何も考えずにボーとするのも久しぶりだ。仕事場での人間関係、知識の乏しさからくる焦り、結婚のための準備、これからの人生、死や宇宙について。最近はいろんなことが頭の中を巡り、自分の周りの世界のスピードに追い付こうと走り続けていたつもりだった。しかし、実際は頭の中だけが走っていて体は立ち止まってあたふたとしていただけだった。

落ち着いて景色を見る。夜の灰色の雲。街灯の周りにコウモリが飛んでいる。桜並木には小さく赤黒い果実がなっている。耳に意識を向ければ、空高く強い風が吹く音、車の群れが走る音、頭の上で桜の葉が揺れる音。気づかなかっただけで世界は変わらずに回っている。

僕はサクランボをつまんで口に放り込んだ。ざらざらとした表面、苦くて酸っぱい薄い味。気づかなければ知らなかった。いくら社会生活が順方向性に進んでいるように見えたとしても世界は同じようにただ回っているだけで、僕らは刹那の今にしか生きられない。焦らずしっかりと今を過ごそう。