110回医師国家試験と中島敦

この土日で医師国家試験が終わった。5年間酒やラグビーに興じていた自分を省みて、一念発起して勉強し、なんとかせいぜい平均くらいにはなれたと思う。優秀とは言えないが別段悪い成績ではないだろう。さて、三日目のIブロックを解いている途中で、はて今解いているこの試験はいったい何の試験だったろうという気持ちが浮かんだ。これを解き終われば医者になるという試験だ。今まで不安ではあったがこの手ごたえならまあ大丈夫そうだ。そんなことを思って突然僕は医者になるのかと愕然とした。医学部に入学したときは医学部に入学したという気持ちでしかなかったが今回の試験は違う。医者になる試験だ。実感が全くなかった。医者になって何がしたいのか、そんなことも決まっていなかった。もちろん今までだって考えてはきたがいつか決めればいいという気持ちがあった。しかし現にもうここまで来てしまった。

 帰りのバスで隣になった同級生と話した。彼は学部の中でもどこか浮いているような存在で、僕も今までそんなに話したことがなかった。趣味や部活のことを話した。彼は読書家だということを知り、太宰治中島敦が好きだと聞き「中島敦はいいよねえ」と相槌を打つと「中島敦いいと思うの?でもどうせ山月記しか読んだことはないんでしょう」と言われた。むきになって「いや短編集みたいなの買って読んだ」と答えた。正直昔に読んで細かい内容は覚えていなかったが、ボロボロになるまで読んでいたのですこししどろもどろではあったが応答し、中島敦カフカの影響を受けているなどと少しばかり知識を披露すると彼は興奮した様子で「カフカ中島敦のこと知ってるなんて君なかなかいいねえ。前から話し方とかがグジグジしてそうで僕に少し似てるとは思ってたんだ」と大声で言われ話したことのない奴に心の中を言い当てられてどきりとしたが、恥ずかしいような、しかし少し嬉しいような気がした。